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横浜地方裁判所 昭和40年(わ)910号 判決

被告人 三浦利男 外六名

主文

被告人らはいずれも無罪。

理由

本件公訴事実は、起訴状記載の公訴事実を引用するが、これを要約すると、被告人ら七名は、神奈川地方自動車交通労働組合滝野川自動車支部労働組合(以下第一組合と略称)組合員約百数十名と共謀のうえ、昭和四〇年六月八日午前一〇時ごろから同日午後一時ごろまでの間、横浜市港北区菊名町七一〇番地所在の滝野川自動車株式会社横浜営業所車庫前通路附近において、折から岡部裕二ほか九名が就労のため一般乗用旅客自動車一〇台を運転して右通路より進発しようとするやこれを阻止するため、右通路に宣伝用自動車及び貨物乗用自動車各一台を乗入れ停車させ右宣伝用自動車の一部車輪を取りはずし、他の車輪の空気を抜き、あるいは右貨物乗用自動車の前車輪を横溝を堀つてこれに落し込んだうえ、その附近に百数十名で密集し、スクラムを組み労働歌を高唱し、座り込む等して右岡部裕二等が就労のため出庫進発するのを不能ならしめ、もつて威力を用いて右岡部裕二ほか九名の一般乗用旅客自動車運行の業務並びに滝野川自動車株式会社の運送事業を妨害したものである、というのである。

当裁判所は、当公廷に顕出された証拠を総合検討した結果、本件被告人らの所為は、いまだ刑法第二三四条にいわゆる威力を用いて人の業務を妨害したものとは言い難く結局本件は犯罪を構成するに至らないものとして刑事訴訟法第三三六条前段により被告人らに対し無罪を言渡すべきものと判断したが、その理由は次のとおりである。

一、滝野川自動車株式会社は、東京都豊島区西巣鴨二丁目二四四五番地に本社を有し、主として一般乗用旅客自動車運送事業を営み、東京都下に二か所、群馬県下に一か所、神奈川県内においては横浜市港北区菊名町七一〇番地に横浜営業所のほか横須賀、厚木、海老名および大倉山の各営業所を持ち、当時、代表取締役社長小林運正、同常務佐藤親則らにおいて右会社事業経営の任に当つていたものであり、なお本件の発生した右横浜営業所は、営業車輛三六台で、営業所長遠山修三以下六八名で構成されていた。

二、被告人染井清、同五十嵐春樹、同松田慶治、同鈴木丈夫および同山田安一らは、いずれも前記滝野川自動車株式会社横浜営業所の、被告人徳永武文は同会社横須賀営業所の各従業員であり、右被告人らおよび被告人三浦利男はいずれも全国自動車交通労働組合連合会(以下全自交と略称)傘下の下部組織である神奈川地方自動車労働組合(以下神自交と略称)に所属する組合員であるが、右滝野川自動車株式会社の神奈川県下の各営業所中大倉山営業所を除く横浜、横須賀、厚木および海老名の四営業所の従業員は、右神自交傘下に神自交滝野川支部労働組合(以下第一組合と略称)を、また、同支部労働組合のもとに右営業所単位に各分会をそれぞれ組織し、被告人染井は第一組合の執行委員長兼横浜分会副分会長、被告人徳永は神自交本部執行委員兼第一組合書記長、被告人五十嵐は神自交本部執行委員兼第一組合執行委員兼横浜分会執行委員、被告人松田は第一組合会計監査員兼横浜分会執行委員、被告人鈴木、同山田はいずれも第一組合所属員、そして被告人三浦は全自交中央執行委員兼神自交執行委員長の地位にあつた。

三、ところで、神自交は個人加盟方式をとり、強固な闘争方針を持つ労働組合であり、同滝野川支部も右方針に則り昭和四〇年三月の春季闘争に際しても会社に対し強硬なる賃上げ要求を出し、時限ストライキや連日のように明番集会を行うとか、さらに定められた制限走行距離厳守の方策を講じ、会社側と激しく対立抗争し数度に亘る団体交渉も妥協点に至らず、会社側としてもその対策に苦慮していたところ、当時右神自交滝野川支部横浜分会長の中道清がかねてから右神自交の闘争方針に反感を抱き労使協調の上水揚げ高の増加を計ろうとする横浜営業所々属の一部従業員を糾合し、右組合より分裂し新組合(第二組合)を結成せんとする動きを察知し、これを助成して第二組合を結成させ、以つて第一組合を切り崩さんと考え、同年四月下旬から五月上旬に亘り第二組合結成の準備集会にはその費用を負担し、且つ会社幹部を派遣せしめて中道らと具体的協議をさせ、ついに五月九日、当時第一組合との協定で元磯子営業所は使用しない取決めになつていたのに拘らずこれを無視して同所において第二組合(約二〇名)の結成大会を開催させ、中道清を委員長とする第二組合を結成させて、横浜営業所より廻した約一〇台の営業車をもつて右磯子営業所において営業させることとし、その間中道に対し資金として相当額を交付するなど経済的援助を行つたのである。しかしこれを知つた多数の第一組合員の非難を浴び、右自動車も横浜営業所に回送されたため会社側と中道らの当初の計画は失敗に帰し、第二組合員らは会社側の斡旋により暫時同社の東京都内の営業所で稼働することとなつたが、第一組合も五月一〇日会社側に対し第二組合の結成に関する会社側の不当な措置や磯子営業所の無断使用についての労働協約違反を非難し同日より無通告のストライキ状態に入り、その後六月五日にストライキの通告をするに至つた。

四、会社側は、右計画が失敗に帰し苦慮の末、その陣容を立直すべく協議し、社長小林運正は、同月一四日旅客乗用自動車事業の経営者団体である神奈川県乗用自動車協会第一部会会長であり、しかも労働争議に敏腕を振うとの定評ある梅田寿に事態の収拾方を相談しその結果、同月一八日同人が第一組合対策のため一時的に滝野川自動車株式会社神奈川総支配人として入社し以後同人を中心として積極策が打ち出され、即日同人の後輩にあたる拓殖大学の学生一〇名を警備員として臨時採用し、同月二四日には同人配下の運転手二六名を新規に採用して第二組合員とし、東京で働いていた中道ら第二組合員を加え横浜営業所で就労させることとし、六月八日右就労を強行する旨決定し、争議中の第一組合員からの抗議に備えてその警備方を神奈川警察に依頼しておき、その前日第二組合員を秘かに横浜市内の旅館に一泊させ翌朝全員が横浜営業所に出勤しうる態勢を整えさせたが、他方、第一組合側に対しては、右の事実を秘し、六月一〇日に団体交渉に応ずる旨回答した。

五、そして六月八日午前九時すぎ、会社側の佐藤常務、遠山所長、梅田寿らは、自動車整備士、職制ら三〇名余を卒いて横浜営業所に赴き、第二組合員が就労するから妨害しないようにとの貼紙を出し、午前一〇時ごろには前記旅館に一泊した第二組合員四四名も営業所に到着し、遠山所長に就労方を申入れた。そして当日稼働予定の第二組合員が使用すべき営業車を車庫より搬出して整備点検せしめ、乗務員の割振り、配車を検討指示させ第一組合員らの妨害を警戒し各車輛助手席に前記の新規採用運転手各一名を同乗させることなどを決定し、同日正午ごろ整備点検が完了した。

六、一方前日から横浜営業所内仮眠所に泊り込んでいた被告人染井、同徳永、同五十嵐、同松田、同鈴木らは、右の事実を知つて驚き他の神自交組合員らにこれを急報して応援を求め、これに応じて午前一〇時ころには支援組合員らが同営業所入口附近に集合しはじめたが、被告人徳永、同染井は、会社側が六月一〇日に団体交渉を予告しながらかかる背信的行為に出たことを非難し佐藤常務に対し直ちにこれを中止するよう申入れをなし、この間、第一組合側は、神自交本部執行委員岩井昭、同副委員長青柳芳昭、被告人徳永、同染井らにおいて対策を協議し、会社側の挑発には乗らないこと、第二組合員に対してはさらに説得を続けること、会社側と団体交渉を申入れること、及び右営業所構内から綱島街道に通ずる幅員三・二メートルの通路上に置いた神自交の宣伝用自動車及びマイクロバス附近においてピケツトを張り右第二組合側の発車強行に備えることなどの方針を決定し、午前一一時ころ同所に来た被告人三浦もこの方針を確認し、佐藤常務に伝達するとともに右青柳の指示下に、第一組合員のある者が、購入したスコツプつるはしを使用して右車の通路上に長さ二・五メートル、幅一メートル、深さ〇・五メートルから〇・七メートルの穴を溝状に堀り、右宣伝用自動車の左前輪タイヤを除去し、右前輪タイヤの空気を抜き、右マイクロバスを他に移して貨物乗用自動車を搬入して前輪を右溝状の穴に落し込み、さらに第一組合員および支援労組員ら約百数十名は右通路上に立ち並び、スクラムを組み或いは座り込むなどしてピケツトを張り、会社側の強行突破を阻止した。この間の各被告人の行動をみると、右のような状況下にあつて、被告人三浦は、右の如き方針を決定した後宣伝用自動車上からピケツテイングを指揮し、被告人染井、同徳永は、会社側と交渉を行いまた右宣伝用自動車上より座り込みを指示し、或いはスクラムの最前列にあつて自ら座り込みをし、徳永は、事務所前に貼られた会社側の警告文を破棄し、被告人五十嵐は、神自交他支援組合員に応援を求めて電話連絡した後座り込みの指示または自ら座り込みをなし、被告人松田、同鈴木は、岩井の指示をうけて近くの商店からスコツプ、つるはし各五丁を購入したほか、松田は右宣伝用自動車の右前輪の空気を抜き、鈴木は右自動車の左前輪のタイヤをはずし前記の通り溝を堀り、被告人山田は、鈴木らと溝を堀りスクラムに加わるなどした。しかしてこの間被告人三浦らはなおも第二組合側の発車中止及び団体交渉を呼びかけたが、会社側はこれに応ぜず、同日正午ころ整備点検が完了し各車輛が走行可能となつたとみるや、遠山所長を通し第二組合員岡部裕二他九名の運転手、同乗者一〇名に対し車輛に乗車し運転業務に就くべき旨の業務命令を発し、佐藤常務、遠山所長らにおいてハンドマイクをもつて発車阻止をしないように呼びかけたが、第一組合側においてピケツトを解かなかつたため発進ができず、止むなく午後〇時四五分ころ現場附近に待機していた神奈川警察の警察官に要請し、警察の手によつてピケツトを解散させ、座り込みを続けていた組合員を排除し、通路上の車を取除け、堀られた穴を埋めるなどして道路を修復し、午後三時ころになり車輛を発進させるに至つたのである。

七、そこで右認定の如く被告人らが採つた第二組合側の強行発車措置に対するピケツトによる阻止行為は、果して威力による業務妨害行為に該るかという点を検討する。

一般的にいえば、会社が通常事態において正規に業務を開始せんとするのに対し右の如き被告人らの行動があつたとすれば、これはまさに刑法第二三四条に該るといいうるが、争議行為の一環としてなされた本件においては、会社側が第一組合に対して採つてきた方針行動等を無視して考えることはできない筈である。

第一組合は、会社に対し強行策を採つてきたとはいえ、会社側からも正式に認められた労働組合であるのに反し、第二組合は、第一組合に手を焼いた会社側との通謀及びその援助のもとに結成されたものであり、磯子営業所での稼働計画が失敗した後には、会社側が、労働争議の処理に経験の深い梅田寿を引き入れ、当初の第二組合に挺子入れをして梅田の指揮下に置き、これを利用して第一組合の切り崩しを策したことが窺われるのであつて、結局第二組合は、会社側からも第一組合からも認められた正規の組合とは見做し難く、むしろ会社側の傀儡とみられる節もないではない。さらに本件当日の会社側の行動は、表面は第一組合と団体交渉を行うが如く見せかけて安心させておき、その虚をついて第二組合の車を発進させ、もつて第一組合に対し困惑打撃を与えんとする作戦とみられても致し方ないであろう。しかも右発車は正規の就労といいうるやは甚だ疑問である。けだし第二組合の車がピケツトを解かれた後発進してはいるが、途中からはもとの第二組合員が下車して梅田配下の同乗者が営業し、その売上金は会社に納入せず勝手に費消を認めていた節も窺われるからである。

一方、右のような会社側の切り崩し策動に対し、第一組合が五月一〇日より無通告のストライキに入つたことは、少なくともその目的においては正当なものであり、また本件当日においても被告人ら第一組合側は最初より第二組合の就労を阻止しようとして集合したものではなく、会社側の背信的行為に驚き急拠対策を構じたとみるのが正しく、会社側の不当行為を阻止するために出たものにすぎないといえる。

もつとも第一組合側は会社側の不当な措置に対し、憤りのあまりその行動にやゝ行きすぎのあつたことも否めないが、会社側の車輛に対して直接手を触れたものでもなく、会社側の設備を損壊したということもなく、ただ第一組合側の車に損傷を与えてピケツテイングの効果を確実ならしめんとしたに止まり、そのピケツトにより業務が阻害された時間も三時間余にすぎず、従つてこれにより会社側の蒙つた損害もさして大とはいえないのである。

以上、本件に至る会社側の態度、本件ピケツテイングの目的および態様ならびにそれが会社の業務に与えた影響等諸般の事実を、労働争議についての憲法第二八条、労働組合法第一条第二項の趣旨に照らし勘案するときは、被告人らの判示行為は、これをもつて刑法第二三四条にいわゆる威力を用いて他人の業務を妨害したというべき程度にまでは達していないと見るのが相当である。

したがつて刑事訴訟法第三三六条前段により主文のとおり被告人全員に対し無罪の言渡しをした次第である。

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